日本のクーポン事始め

1990年10月、日米経済摩擦から市場開放を目指す一策として、日米構造協議が日本の規制緩和、アンフェアな商習慣(系列、談合など)を廃止すべく、アメリカ主導でスタートした。

その結果として大きく揺さぶられたのが、大店法の緩和・改正であり、そして日本の消費者にも安く良い商品を提供する施策として新聞のクーポンが解禁された。

翌3月には新聞折り込みチラシによるクーポン広告も実施可能になった。新聞クーポン第1号が、電通と2大新聞社により首都圏でスタートした「ザ・メーカー・クーポン」である。

並行して、新潟、徳島、静岡などの地方紙でも、新しい広告収入源として導入された。「ザ・メーカー・クーポン」は、クーポンというよりは別刷り版広告でコストも安く、そのうえクーポンで消費者にディスカウントが提供できると、広告媒体としてのウエートのほうが強かった。

一方、店頭型クーポンは、1984年に日本クーポンシステムにより「なるほど、ザ・クーポン」として、新聞クーポン解禁前から大手スーパーの店頭密着型としてスタートしていた。